文教タイムズ

学年だより4年

10/26木【京都近代化の歴史を感じて】

【京都近代化の歴史を感じて】
今日は雲一つない好天。
気持ちの良い秋晴れの下……
130年前の遷都後、だんだんとさびれていく京都が今のように大都市になったきっかけであり、また、狐狸の住む里と言われた岡崎地区が京都の一大文化ゾーンへと姿を変えた大きなきっかけでもある「琵琶湖疏水事業」の軌跡をたどる学習へ出かけました。
当時の工事に携わった方々の苦労と思いを感じる、大きな一日となりました。

さぁ、疏水のスタート地点琵琶湖へ!
京津線で三井寺下車後、琵琶湖疏水取水口を目指します。

スタートは三保ヶ崎の第一疏水と第二疏水取水口から。
滋賀県にある取り入れ口ですが、管理しているのは京都市上下水道局。
現在も毎年、京都市は滋賀県に疏水感謝金を納め、琵琶湖の水を使用しています。

 

さて、いよいよ疏水に沿って歩きます。
まずは、取り入れる水の量を調節する大津閘門。
昔は木製手動式で、4人の人足で開閉していたそう。
今日もゴォー!と大きな音を立て、勢いよく水が流れていました。

水門を越えると、全長2400m、伊藤博文の扁額がある第一トンネルが姿を見せます。
明治29年の大水害時に設置された水門もはっきり見えます。

さぁ、昔は牛に荷物を引かせていて越えていた小関越え。
「がんばっていきま」「しょう!!」のかけごえで前へ前へ進みます。

ついに第一竪坑発見!!
「あっ!あったー!」
「思ってたより大きいわ!!」
「井戸くらいの大きさやと思ってたわ。」
予想以上に大きく、改めて工事の苦労を感じました。
通りすがりの方に、学んできたことを説明中。

第二竪坑も見学。
民家の中にひっそりと残っているシャフト。
130年前の姿がそのまま残り、当時の様子が思い浮かびます。

ついに…。
第一トンネル出口へ。
2.4㎞のトンネルの出口です。
「ここまでつながってるんか~すごいな!」
ここも想像以上でした。

緊急遮断ゲート、用水路等を見ながら…

滋賀県と京都の県境あたり、四宮船溜まりで昼食を。
行程の約半分の地点です。
さっきまでの疲れた顔がどこへやら。
和気あいあい、疲れを忘れてほっとし、エネルギーチャージ!

みんなが通っていた諸羽トンネル横の道は、もともと疏水の水路でした。
その名残が石垣として残っています。

京都市三大事業の一つ、第二疏水を開削する際に作られた試作用のトンネルが残っています。
この後、埋め立て水路を地上から感じ取れる安朱地区を訪れ、安祥寺側と第一疏水の交差を間近で見てその構造にびっくり。

道中…

サギやキセキレイを見てほっこり。

船を止めるための鉄杭。

高台から見渡す山科。絶景―!!

 

紅葉し始めた山科疏水をウォーキング。

日本で最初の鉄筋コンクリート橋。
当時の最先端技術です。

疏水ができる前に荷物を運んでいた山を越える途中、車輪を通すために作った車石を発見。
石垣に使用されている車石を探しながら、とにかく前へ進みます!あと少し!!がんばれ~!!

九条山を越え、ついに蹴上へ。
「なつかしー!」??の蹴上浄水場も見え、学校までの道のりもみえてきました。
そして…、第一疏水と第二疏水の合流地点へ到着!
発電所へつながるパイプや、浄水場で使われている導水管、疏水分線のスタート地点を見て、南禅寺へ!

カワウ、発見っ!!

インクライン下の、ねじりまんぽ。
レンガをねじって積む技法が用いられています。
みんなは、その構造に驚くとともに、美しさにうっとり。

そして、ついに、この学習のゴール地点となる水路閣へ到着。
南から北へ流れる京都で唯一の人工河川。
疏水分線がゆっくりと流れる姿をみて、納得の表情が見られました。
この後、琵琶湖疏水記念館を通り、学校へ。
みんな無事に帰ってくることができました。

実際に自分の目で見て、自分の足で歩いて学びを深めた今回の学習。
「想像以上」という言葉がよ~く聞こえてきました。
明日からは、学んだり、感じたりしたことの中で伝えたいテーマを決め、新聞としてまとめていきます。

若きリーダー、田邉朔郎像の前で。


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