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2/10木【給食「さばの竜田揚げ 他」・保健室・歴史club】

【給食「さばの竜田揚げ 他」】

◆今日の献立

・牛乳
・さばの竜田揚げ
・青菜のおひたし
・大根の味噌汁
・伊予柑ゼリー

☆ さばの竜田揚げは、すりおろした生姜を加え、しょうゆと出汁で味つけしています。

カリッと揚げるため、片栗粉の粉はなるべく薄くはたいて揚げています。日本は様々な海岸線や海流がもたらすめぐみによって、種類豊富に魚介類がとれます。

そのため、日本人は昔から魚を多く食べてきました。日本の和食文化には海の幸である魚が欠かせません。

☆ 小松菜、人参、キャベツ、えのき、油揚げのおひたしです。

油揚げに下味をつけて、野菜と合わせるとおいしく食べやすくなります。

☆ 大根の味噌汁は、玉ねぎ、わかめを合わせました。

丁寧に出汁をとって、味噌をとくだけでおいしい味噌汁になりますが、中に野菜を加えて煮込むと、玉ねぎや大根が甘くなって、よりおいしい味噌汁になります。

☆ 伊予柑の旬の時期は、ちょうど今の時期で1月~3月といわれています。

食べごろの時期は香りが良く、ビタミンCをたっぷり含んでいます。伊予柑は愛媛県の特産品です。伊予柑という名前は、愛媛県の旧名「伊予国」に因んで付けられたそうです。

「世界の料理」をテーマにした給食は、今日で最終日でした。

これからも献立の中に世界の料理を取り入れて、楽しい給食を用意していきたいです。

来週の献立は「ささみの香味揚げ」です。お楽しみに!

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【保健室です】

くしゃみが止まらなかったり、目がかゆかったり…そろそろ花粉症の季節です。
保健室でも、花粉症の症状をちらほら聞くようになりました。

保健室前の掲示も「花粉症」関係のものに変えています。

もうひとつは「口呼吸」を予防する「あいうべ体操」についてです。
マスクをしていると、気づいたら口だけで息をしている「口呼吸」になっている人はいませんか?
「口呼吸」はなぜ健康によくないのでしょうか。
気になる人は、是非読みに来て下さいね。

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【(昨日の)歴史ウォーキングクラブ】

今回は江戸末期の古地図に親しみました。
はじめは自分達の学校がどの位置にあるのかも分かりません。鴨川と白川は分かるのですが…
みんな「ん~」と頭をひねっていました。

それもそのはず。東大路通りは当時、存在していなかったのです。そこでヒントを出しました。実は加賀藩邸の南側に本校は位置していたのです。

いざ、学校周辺探検へレッツゴー! 通りにお寺が並んでいます。

仁王門通りを西に向かっていると、周辺地区の看板を発見。

川端通りから東大路、それに二条通から三条通りのこの区域だけで、なんと55ものお寺があるというのです。まさに特別な空間です。

古地図でも確認しました。すると……お寺が江戸時代末期の古地図に存在するではありませんか! みんな、驚いていました。ちなみに写真のこの通りは、歴史クラブ創設以来、初めて歩いてコースです。

右も左も寺院です。京都らしい風情で、とても素敵です。それにしても、どうしてこんなに多くのお寺があるのでしょう。それは1708年に京都の「宝永の大火」と関係があります。周辺の神社仏閣は移転せざるを得なくなったのです。

歩きながら古地図を訪ねます。

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向きを変え、東大路通りに向かいました。大きなお寺が見えてきました。

ここは妙傳寺。その歴史は長く、移転・焼失・再建などを経て、1708年にこの地に建立されました。歴史クラブメンバーが日蓮上人像と初対面です。「立正安国」と書かれていることに気づきました。

境内に入らせて頂きました。

石碑を見て驚きです。なんと日蓮上人の御分骨がご安置されているというではありませんか。「高祖舎利」の扁額がありました。みんなで手を合わせてお参りしました。

浄土宗開祖の法然上人がお亡くなりになったのが1212年。日蓮上人が誕生されたのが、その10年後の1222年です。

お堂の扁額を一生懸命読み解きました。右から左に読むと「西見延」の文字が分かりました。日蓮宗総本山は、山梨県にある見延山久遠寺ですが、この妙傳寺が、ご分骨されている西日本を代表する日蓮宗のお寺なのです。

子ども達も目ざとく、賽銭箱の「関西見延」の言葉を発見しました。メンバーがいろいろな方向に目を向けているのが分かります。

お堂の横の仏足石を見ました。お釈迦さまの足跡とされています。足が大きく平らで「土踏まず」がないことを聞いて驚きのメンバーです。

境内には、江戸時代より歌舞伎で名を馳せてきた「片岡仁左衛門」の碑もあります。

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次に、南へ向かいました。仁王門通りを越え、満足稲荷神社へ。

古地図には、この辺りに法皇寺があるのですが、今はありません。東大路通も敷地にしていたお寺だったのでは…と想像していました。実は満足稲荷神社は、当時、法皇寺の鎮守社でした。

豊臣秀吉が出世を祈願し、叶えたことから「満足稲荷」と命名されたそうです。元は伏見桃山城にあったそうですが、江戸幕府五代将軍、徳川綱吉の時に東山に遷られました。

まず驚いたのが、京都市指定保存樹「クロガネモチ」のご神木です。

樹齢が400年とか。遷った時から、ずっとこの地を見守ってきたのですね。まるで手のような形をしていて、オーラを感じます。

「岩神さん」(岩の神様)に、願いを念じる子ども達。

印象深いのが奉納の各石碑です。いつの時代のものでしょうか。
壱百円(100円)などと書かれており、100円でも当時の大金だったのだろうと想像しました。

学校周辺の身近な場所ですが、旅に出て、学び得た気分で帰校しました。

 


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